第107回 看護師国家試験 午後 問38 解説
📝 問題
1948年に、看護教育の現状等に関する大規模な調査報告書「これからの看護〈Nursing for the future〉」を著した人物はどれか。
✅ 正解
2
💡 解説
✅ 「これからの看護〈Nursing for the future〉」を著したのはブラウン, E. L.である。
1948年にエスター・ルシール・ブラウン(Brown, E. L.)が著した「これからの看護(Nursing for the future)」は、通称「ブラウン・レポート」と呼ばれる。 米国の看護教育の現状を調査し、看護教育は大学などの高等教育機関で行うべきだと提言した。 看護の専門職化と教育制度の改革に大きな影響を与えた。
国試では看護史上の人物と業績の組合せが問われる。 ゴールドマーク(Goldmark, J. C.)は1923年の「ゴールドマーク・レポート」、リチャーズ(Richards, L.)は米国初の訓練を受けた看護師、レイニンガー(Leininger, M. M.)は文化ケア理論(超文化看護)で知られる。 年代と報告書名(ゴールドマーク=1923年、ブラウン=1948年)を混同しないように整理する。
文化ケア理論とは
その人の文化や価値観に合わせて看護を組み立てる考え方。レイニンガーが提唱し、超文化看護ともよばれる。
- 1
リチャーズ, L.不正解
リチャーズは米国で最初に正規の訓練を受けた看護師として知られ、この報告書の著者ではない。
- 2
ブラウン, E. L.正解
ブラウンが1948年に「これからの看護(ブラウン・レポート)」を著し、看護教育の高等教育化を提言した。
- 3
レイニンガー, M. M.不正解
レイニンガーは文化ケア理論(超文化看護)の提唱者であり、この報告書とは無関係である。
- 4
ゴールドマーク, J. C.不正解
ゴールドマークは1923年のゴールドマーク・レポートで知られ、ブラウン・レポートの著者ではない。
📚 国試でよく狙われるところ
看護史は、人物と業績・年代の組合せを入れ替えて問われる。報告書は誰が・いつ出したかを対にし、法律は制定年とセットで覚えよう。
- 日本では高木兼寛が1885年に有志共立東京病院看護婦教育所を設立した
- 保健婦助産婦看護婦法は1948年制定(2001年に保健師助産師看護師法へ改称)
| 人物 | 業績 |
|---|---|
| ナイチンゲール | クリミア戦争での看護、『看護覚え書』(1859)、ナイチンゲール看護学校(1860)、環境を整えることを看護とした |
| リチャーズ | 米国で最初に正規の訓練を受けた看護師 |
| ゴールドマーク | ゴールドマーク・レポート(1923)。看護教育の大学教育化を提言 |
| ブラウン | 『これからの看護』ブラウン・レポート(1948)。看護教育の高等教育化を提言 |
| ヘンダーソン | 14の基本的欲求、『看護の基本となるもの』 |
| レイニンガー | 文化ケア理論(超文化看護) |
参考: Brown E. L. Nursing for the Future (1948)
出典:「第107回看護師国家試験の問題および正答について」(厚生労働省)を加工して作成 → 出典について